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慢性上咽頭炎に対する EAT (上咽頭擦過処置療法) の自律神経刺激作用に関する論文

[2024.08.12]

『いとう耳鼻咽喉科』の伊藤宏文先生の論文をご紹介します。私は伊藤先生とは面識はございませんが、業界では非常にご高名な先生で、開業後も論文を書き続けておられ本当に素晴らしい先生だと思います。

EATに自律神経刺激効果があるという論文は多くないですが(おそらく定量的に評価してデータ化するのが難しい)、その内容に絞ったレビューです。知見の多い先生に、情報をまとめていただけると非常に勉強になります。

テーマは、慢性上咽頭炎に対する EAT (上咽頭擦過処置療法) の自律神経刺激作用です。自律神経は定量的に測定することが容易ではないため、評価が曖昧になりがちだと思います。(検査はいくつか存在しますが、どこにでも置いてあるものではありません。当院も簡単な検査装置は持っています)

自律神経測定器『condiView コンディビュー』

EATは、慢性上咽頭炎に関連するさまざまな自律神経障害の症状を改善する可能性があるという内容です。

EATが多様な疾患に効果的であると結論付けられることもありますが、一方で確証バイアスや権威バイアスには注意が必要です。

提示された好ましいデータや情報を盲信するのではなく、論文データを参考にしつつ、実際の臨床経験に基づいた知見を積み重ねていくことが重要だと考えています。

論文の内容について以下に簡単にまとめました。

 

タイトル「慢性上咽頭炎に対する EAT (上咽頭擦過処置療法) の自律神経刺激作用」

原文はこちらへ

Autonomic Stimulation Action of EAT (Epipharyngeal Abrasive Therapy) on Chronic Epipharyngitis Cureus. 2024 Jun; 16(6)

概要

この研究では、慢性上咽頭炎の病因と病態生理を、自律神経障害の症状に焦点を当てて調査し、治療法として有用なEAT(上咽頭擦過療法)の作用メカニズムについて検討している。EATは免疫系や内分泌系を刺激する効果が最近明らかになってきたが、自律神経刺激効果についてはまだ解明されていない部分が多い。本研究では、EATの自律神経刺激効果に関する既存の研究や論文を統合し、慢性上咽頭炎に対するEATの効果を探ることを目的としている。

慢性上咽頭炎の病態生理

慢性上咽頭炎は、上咽頭(鼻咽頭)の粘膜に炎症が生じることで、さまざまな症状を引き起こす状態である。この炎症は、上咽頭の局所的な要因だけでなく、全身的な健康状態にも影響を及ぼす。慢性上咽頭炎における病態生理は、大きく以下の3つのメカニズムに分類される。

1. 局所的な炎症

慢性上咽頭炎の最も基本的なメカニズムは、鼻咽頭の粘膜自体の炎症である。これにより、後鼻漏(鼻水が喉に流れ込む状態)、喉の痛み、異常感覚(違和感)、頭痛、肩こり、慢性咳などの症状が引き起こされる。この局所的な炎症は、ウイルスや細菌の感染、アレルギー、環境汚染物質などが原因となる。

2. 免疫系の関与

慢性上咽頭炎は、自己免疫疾患とも関連している。例えば、IgA腎症やIgA血管炎、ネフローゼ症候群、掌蹠膿疱症、胸鎖関節過形成などが報告されている。これらの疾患は、上咽頭における慢性的な炎症が、免疫系の過剰反応を引き起こし、全身的な免疫異常をもたらすことによって生じると考えられている。

3. 自律神経系の障害

自律神経系は、全身の器官の機能を調節する重要なシステムである。慢性上咽頭炎による持続的な炎症が自律神経系に影響を与えることで、全身倦怠感、慢性疲労、めまい、睡眠障害、消化器系の機能不全、記憶力や集中力の低下などが引き起こされる。これらの症状は、上咽頭炎が自律神経系を過剰に刺激し、身体全体のバランスが乱れることで生じる。

EATの作用メカニズム

EAT(上咽頭擦過療法)は、上咽頭の粘膜に塩化亜鉛を用いて物理的な刺激を与える治療法である。この治療法は、炎症を抑えるだけでなく、免疫系や自律神経系に対しても大きな影響を与える。

1. 塩化亜鉛の役割

EATでは、塩化亜鉛を用いて上咽頭粘膜を擦過する。塩化亜鉛には、粘膜のタンパク質を変性させ、炎症を抑える作用がある。さらに、塩化亜鉛の収斂作用により、粘膜の血管や組織が引き締まり、炎症が軽減される。ただし、塩化亜鉛自体の抗炎症効果だけでなく、物理的な擦過刺激が免疫系や自律神経系に与える影響も重要である。

2. 物理的刺激による効果

EATによる物理的な刺激は、局所の炎症を抑えるだけでなく、免疫系や自律神経系を活性化させる効果がある。具体的には、擦過刺激が粘膜の血流を改善し、血管やリンパ管のうっ血を軽減することで、脳の静脈およびリンパ排泄系の機能が回復する。また、この刺激が自律神経系を調整し、全身のバランスを回復させる効果もある。

自律神経系への影響

EATは、上咽頭の粘膜を物理的に擦過することで、交感神経と副交感神経の両方に作用する。具体的には、EATは以下のような方法で自律神経系に影響を与える。

1. 血管運動反射の改善

EATは、交感神経と副交感神経の活動を調整する効果があり、これにより血管運動反射が改善される。血管運動反射は、血管の収縮と拡張を制御する神経反射で、これが正常に機能することで、血圧の安定や循環系の改善が期待される。

2. バロレフレックスの正常化

バロレフレックス(Baroreceptor Reflex)は、血圧を安定させるために働く自律神経反射である。EATによってこの反射が正常化されると、急激な血圧の変動が抑制され、自律神経系全体の機能が改善される。特に、立位負荷テストでの血圧変動が抑えられたことが報告されている。

3. ストレス応答と自律神経のバランス

EATは、ストレスに対する自律神経の反応を調整し、副交感神経優位の状態から交感神経と副交感神経のバランスを回復させる効果がある。これは、EATが持続的なストレス刺激を軽減し、身体の恒常性を維持する役割を果たすためである。

4. 慢性疲労やめまいの改善

慢性疲労やめまいは、自律神経の不調によって引き起こされることが多い。EATは、これらの症状に関連する自律神経系の異常を改善し、症状の軽減を促進する。研究では、EATがめまいや慢性疲労症候群(ME/CFS)の症状を緩和し、患者の生活の質を向上させる効果があることが示されている。

5. 自律神経系と免疫系の相互作用

EATは自律神経系だけでなく、免疫系との相互作用も持っている。例えば、EATによって炎症性サイトカインの産生が抑制されることで、免疫系が落ち着き、これが自律神経系の過剰な反応を抑える一助となる。これにより、自律神経系の正常な機能が維持され、慢性炎症に関連する自律神経症状の軽減が期待される。

このように、EATは多方面から自律神経系に影響を与え、特に慢性的な自律神経障害に対して効果を発揮する。これにより、患者の症状が軽減され、全身的な健康が改善されると考えられる。

内分泌系および免疫系への影響

EATは、自律神経系だけでなく、内分泌系や免疫系にも影響を与える。これにより、全身的な健康が改善されることが示唆されている。

EATは、ストレス応答を調整し、内分泌系のEATは、ストレス応答を調整し、内分泌系のバランスを回復させる効果がある。例えば、EATによる治療では、唾液アミラーゼ活性の増加が観察されており、これは交感神経系の活性化を示している。このような内分泌系の反応は、慢性的なストレスや炎症に対する身体の適応反応を促進し、恒常性の維持に寄与していると考えられている。

EATはまた、免疫系に対しても重要な影響を与える。慢性上咽頭炎に関連する炎症性サイトカイン、特にIL-6やTNFαなどの産生がEATによって抑制されることが示されている。これにより、免疫系が正常に機能し、自己免疫疾患や慢性炎症性疾患の治療においても効果が期待される。具体的には、EATがIgA腎症や長期COVID(Long COVID)の治療に有効である可能性があることが報告されている。

EATと全身的な健康への影響

EATは、単なる局所治療にとどまらず、全身の健康に対しても重要な影響を持つ。自律神経系、免疫系、内分泌系が相互に作用し合うことで、統合的に患者の健康を改善するメカニズムに基づいている。例えば、EATによる免疫系の調整が炎症反応を抑制し、それが自律神経系のバランスの回復に寄与する。これにより、慢性疲労や自律神経障害に関連する症状が軽減されることが期待されている。

長期的な視点から見ると、EATは慢性的な症状を持つ患者の生活の質を向上させる可能性がある。特に、長期にわたる慢性疲労症候群(ME/CFS)や長期COVIDに対するEATの効果が注目されている。これらの疾患では、持続的な自律神経の不均衡や免疫系の過剰反応が症状の根本原因とされているが、EATによる治療がこれらのメカニズムを正常化し、症状を緩和することが期待されている。

免疫系の調整と抗炎症効果として、EATが免疫系に及ぼす影響は、炎症性サイトカイン(IL-6やTNFαなど)の産生を抑制することである。これにより、自己免疫疾患や慢性炎症性疾患の治療においても効果が期待される。免疫系が正常に機能することで、全身的な健康状態が向上し、患者の回復力が高まる。

結論

EATは、慢性上咽頭炎に関連するさまざまな自律神経障害の症状を改善するだけでなく、全身的な健康にも寄与する治療法である。局所的な炎症を解消し、自律神経系、免疫系、内分泌系を統合的に調整することで、患者の健康を総合的に改善する。

今後の研究では、さらに詳細なメカニズムの解明や、EATが他の疾患に対しても有効であるかどうかの検討が求められている。

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