片耳が突然聞こえなくなり、すぐに治る現象
突然片耳の聞こえが悪くなったものの、短時間で元に戻る――そんな現象に遭遇すると不安になります。このような一時的な聴力低下にはさまざまな原因が考えられ、多くの場合は心配のいらない一過性のものですが、中には注意が必要な疾患の兆候である場合もあります。本記事では、考えられる原因やすぐに治るケース(心配の少ない場合)、注意すべきケース(受診が必要な場合)、そして再発時や症状が続く場合のセルフチェックと対処法について、医学的エビデンスを踏まえて分かりやすく解説します。
考えられる原因
片耳の聞こえが突然悪くなる主な原因には、次のようなものがあります。
耳垢による閉塞
耳の穴(外耳道)に耳垢(耳あか)が詰まると、耳栓をしたような状態になり音が通りにくくなります 。特に入浴や水泳の際に耳に水が入ると耳垢が膨らんで外耳道をふさぎ、急に聞こえが悪くなることがあります 。耳垢が原因の場合、耳垢を取り除けば聴力は元に戻りますが、自分で無理に取ろうとすると却って奥に押し込んだり耳の皮膚を傷つけて外耳炎を起こす恐れがあるため注意が必要です。
耳管狭窄(じかんきょうさく)
耳と鼻をつなぐ耳管が何らかの理由で狭くなり、一時的に中耳の気圧調整ができなくなる状態です。風邪や鼻炎による鼻や喉の炎症で耳管周囲が腫れることが主な原因で、耳が詰まった感じ(耳閉感)や難聴を自覚します 。耳管狭窄症は自然に治ることもあれば長引くこともあります。軽度の狭窄なら嚥下(つばを飲み込む)やあくびで耳管が開き、聞こえがすぐ戻ることもあります。
急な気圧変化
飛行機の離着陸、高速エレベーター、山道のドライブ、潜水など気圧が急激に変化する場面で片耳が「キーン」と詰まったように聞こえなくなることがあります。これは急な気圧差で耳管が一時的に閉じ、中耳の圧力が調整できなくなるためです 。通常はあくびやガムを噛むなど耳抜きで圧力差が解消されると、短時間で元の聞こえに戻ります。
ストレス・疲労
極度の疲労や精神的ストレスも、一時的な聴力低下の引き金になることがあります。はっきりしたメカニズムは不明ですが、突発性難聴の患者では発症前に仕事や生活上の強いストレスや過労があった例が多く報告されています。ストレスによる自律神経の乱れが内耳の機能に影響し、一時的な耳鳴りや聞こえの変化を起こす可能性があります。実際、睡眠不足や疲労の蓄積、心理的ストレスは突発性難聴の誘因になり得ることが分かっています 。
血流不足(内耳の循環障害)
内耳を養う血液の流れが何らかの理由で一時的に低下すると、蝸牛(聴覚を司る器官)の機能が一過性に落ちて聞こえが悪くなることがあります。突発性難聴の成り立ちには内耳の血流障害説が有力で、内耳への血液供給が不足すると正常な聴こえを保てなくなると考えられています。高血圧や動脈硬化、首や肩の血行不良などで内耳の血流が瞬間的に途絶えると、一時的な難聴が起こる場合があります(いわば「耳の一時的な虚血発作」のような状態です)。
その他の一時的要因
上記以外にも、一時的な片耳の難聴を引き起こす要因があります。例えば大きな音にさらされた後の一過性難聴です。コンサートや工事現場など85dB以上の大音響を長時間聞いた後は、「耳鳴りがする」「耳が詰まった感じがする」といった症状とともに一時的に聴力が低下し、元に戻るまで1~2日かかることがあります。この現象は音響外傷による一過性の閾値上昇と呼ばれ、通常は時間とともに回復します(ただし何度も繰り返すと恒久的な聴力低下につながる恐れがあります)。そのほか、一時的な耳の聞こえづらさは強い薬の副作用や、一過性の貧血・低血圧による脳への血流低下、顎関節の緊張など、さまざまな要因で起こり得ます。ただし頻度として多いのは前述した耳垢や耳管の問題、ストレスや疲労、音響要因などです。
すぐに治るケース(心配の少ない場合)
一時的な原因で聴力が低下したものの、短時間ですぐ元に戻る場合は、深刻な後遺症を残さないことがほとんどです。以下のようなケースでは、特に大きな心配はないでしょう。
後述する注意すべきケースと異なり、症状が「一時的に聞こえなくなり、すぐ治る」だけである場合は、心配が少ないケースが多いです。
耳抜きで改善する場合
飛行機の離着陸や高層エレベーターで耳が詰まった後、あくびや唾液を飲み込む動作で「ポン」と耳が抜けて聞こえが回復したようなケースです。これは耳管による気圧調整が一時的にうまく働かなかっただけで、誰にでも起こり得る現象です。症状がすぐ消失する限り特に心配はいりません。
水が原因で一時的に聞こえにくい場合
プールやお風呂で耳に水が入った直後に片耳が聞こえづらくなったが、しばらく横向きに寝たり片足跳びをして水抜きをしたら治った、というようなケースです。水分で膨らんだ耳垢が乾燥して元に戻った可能性が高く、この場合も聴力は正常に戻ります。再び聞こえるようになり、耳の痛みや発熱もなければ、ひとまず安心して様子を見ても大丈夫です。
大音量の後遺症がすぐ消えた場合
ライブコンサートや大きな音のする場所から離れた後、一時的に「ボーッとする」「音がこもる」感じがあっても、数時間~半日ほど静かな環境で過ごしたら元の聴力に戻ったケースです。これは音による一時的な聴力疲労で、十分な休息で回復します 。ただし耳鳴りが続く場合や24時間以上経っても聴力が完全に戻らない場合は専門医に相談してください。
ストレスや疲労が解消されたら治った場合
緊張の連続や徹夜明けなどで一時的に片耳の調子が悪くなったものの、ゆっくり休息を取ったら改善した、というケースです。精神的・肉体的ストレスが内耳の機能に影響した一時的な現象と考えられます。このように短時間で自然に改善する難聴は一過性のものであり、症状が繰り返さなければ過度に心配する必要はありません。
数秒~数分で元に戻った場合
ごく短時間で聴力が復活した場合も、大半は深刻な異常ではありません。例えば突然「ピー」という耳鳴りとともに数十秒間だけ片耳が聞こえにくくなり、またすぐ正常に戻るような現象は、多くの人に時折起こる生理的な現象です。明確な原因は不明ですが、一説には内耳の細かな血流変化や神経の一時的な興奮によるものとも言われ、誰にでも起こり得る一時的な耳の不調で特に心配はいらないとされています。このような一過性の症状だけで他に異常がなく、その後再発もしなければ様子観察で問題ないでしょう。
以上のケースでは、症状がすぐに消失し聴力が元通りになるため、基本的には大きな心配はありません。ただし「すぐ治ったから絶対安心」と決めつけるのは禁物です。後述するように、一度治ったように見えても念のため注意すべき場合がありますので、その点も確認しておきましょう。
注意すべきケース(受診が必要な場合)
一時的にせよ片耳が聞こえなくなる現象が起きた場合、次のような場合は注意が必要です。たとえその場で治ったとしても、念のため早めに医師の診察を受けることをおすすめします。
注意すべきケースは、耳が聞こえないだけでなく併発する症状があることが多いです。
突発性難聴の可能性
突然片耳がほとんど聞こえなくなるほどの強い難聴が起きた場合や、耳鳴り・耳が詰まった感じ・めまい・吐き気といった症状を伴った場合は突発性難聴を疑います 。突発性難聴は原因不明の内耳の障害で、発症後できるだけ早く(48時間以内が望ましい)治療を開始することで聴力が回復しやすくなることが分かっています 。一旦自然に治ったように見えても、それが軽度の突発性難聴だった可能性もあります。突発性難聴は基本的に再発しない(一度きり)の病気とされ 、早期治療を逃すと後遺的な難聴や頑固な耳鳴りが残る恐れがあります。そのため、「治ったからもういいや」と放置せずできるだけ早く耳鼻科を受診することが大切です。専門医の診察と聴力検査を受け、必要に応じて内服薬(ステロイドなど)による治療を検討します。
中耳炎など耳の感染症
聞こえが悪くなる直前に風邪をひいていたり、難聴とともに耳の痛み(耳痛)や耳の圧迫感、さらには発熱・耳だれ(耳からの液体)などがあった場合は、中耳炎をはじめとする耳の感染症が考えられます。例えば急性中耳炎では、中耳に膿が溜まることで音の伝わりが悪くなり強い耳痛や発熱を伴います 。鼓膜が破れて膿が出ると痛みが和らぎ聞こえが多少戻ることもありますが、感染自体は残っているため治ったわけではありません。たとえ痛みが引いて聞こえが改善しても、必ず耳鼻科で診察を受けてください。適切な抗生物質や処置による治療を行わないと、再び悪化したり合併症を起こす恐れがあります。特に乳幼児のお子さんの場合、自分で症状を言えず中耳炎を繰り返すこともありますので、保護者の方は注意してください。
メニエール病など反復する内耳のトラブル
「一度治ったけれど、過去にも似たような片耳の聞こえづらさを繰り返している」「ストレスがかかると何度も同じ耳が一時的に聞こえにくくなる」といった反復性の難聴エピソードがある場合は、メニエール病など内耳の疾患が背景にあるかもしれません。メニエール病では内耳のリンパ液が増えることで低音域を中心とした片耳の難聴発作が起こり、同時に回転性めまい(ぐるぐる回るようなめまい)や片耳の耳鳴りを繰り返すのが典型的な症状です。発作が治まると聴力もある程度回復しますが、放置すると徐々に聴力が落ちていくことがあります。「繰り返すかどうか」で突発性難聴(繰り返さない)かメニエール病(繰り返す)かを判断することもあるため、同じような症状を何度も経験している場合はメニエール病の有無を調べる必要があります。耳鼻科では聴力検査や平衡機能検査に加えMRI等で他の疾患(例:聴神経腫瘍)の除外も行います。めまいを伴う場合は特に早めに受診し、必要な治療(内服薬による内リンパ水腫治療や食事・生活指導など)を受けましょう。
以上のような注意すべきケースでは、たとえ一度症状が改善していても油断せず、早期に耳鼻咽喉科を受診することが重要です。専門医による診察で原因を特定し、必要な治療を受けることで、将来的な聴力の障害を防ぐことができます。
簡単なセルフチェックと対処法
片耳が突然聞こえなくなる現象が再び起きたり、しばらく続いたりする場合には、以下のセルフチェックや対処法を試みてください。
耳抜きや姿勢の工夫
耳が詰まった感じがする時は、あくびや唾を飲み込む動作をしてみましょう。これで「ポン」と音がして聞こえが戻るなら、原因は耳管の一時的な閉塞だった可能性が高いです。飛行機や高所で症状が出た時も同様の方法で対処できます。また、水が原因であれば耳たぶを引っぱりながら頭を横に傾ける、片足でジャンプするなどして水を抜くと改善することがあります。
音の聞こえ方を確認
一時的に聞こえづらくなった際、自分で簡易的な聴力チェックをしてみましょう。例えば両耳を交互にふさいで指先をこすり合わせる音を聞き比べたり、スマートフォンのアプリで聴力スクリーニングを試すのも一法です。普段より明らかに聞こえに差がある場合や、高音・低音どちらかが聞き取りにくいと感じる場合はメモしておきましょう。その情報は診察時に医師への手がかりとなります。
他の症状の有無チェック
難聴と同時に耳鳴り(キーン・ジーという音)がしていないか、めまいやふらつきはないか、耳の痛みや耳だれはないか確認しましょう。耳鳴りだけ数秒~数分続いて消える程度なら心配ありませんが、耳鳴りが何時間も止まらない、グルグル回るような激しいめまいがある、耳痛・発熱がある場合は放置せず早めに医療機関を受診してください。特に**突発性難聴を疑う症状(突然の高度難聴や継続する耳鳴り等)**があれば緊急性が高いので、遅くとも発症後1週間以内に専門医を受診することが推奨されています。
耳掃除のしかたに注意
耳垢が原因と考えられる場合でも、自分で綿棒や耳かきで無理に取り除くのは避けましょう。前述の通り、耳垢を奥に押し込んだり耳の中を傷つけてしまうリスクがあります 。耳鼻科で耳垢を取ってもらうと、安全かつ確実に除去できます。耳垢のたまりやすい人やご高齢・小さいお子さんなどは、定期的に耳鼻科で耳掃除をしてもらうのも一つの方法です。普段から耳かきのしすぎに注意し、耳垢は自然に出てくるのを基本は待つようにしましょう。
生活習慣の見直し
ストレスや疲労が影響している場合は、生活習慣を整えることが再発防止につながります。十分な睡眠をとり、栄養バランスの良い食事と適度な運動で血行を促進しましょう。突発性難聴の危険因子として、睡眠不足や朝食抜き・不規則な生活、過度のストレス、葉酸不足、糖尿病、過度の飲酒、疲労蓄積などが挙げられています。こうした要因を可能な範囲で減らすよう心がけてください。特に「最近忙しくて休めていない」「ストレス続きだ」という方は要注意です。
大きな音から耳を守る
音響が原因と思われる場合は、今後大音量にさらされない工夫をしましょう。例えばライブやクラブに行く際は耳栓やイヤープロテクターを使う、長時間ヘッドホンで大音量の音楽を聴かない、といった対策です。85dBを超える騒音環境に長時間いると一時的な聴力低下が起こりえますし、100dBを超えるような非常に大きな音では短時間でも永久的な聴力損失につながる可能性があります 。一度「治った」からといって油断せず、耳に負担をかけない環境を心掛けてください。もし大音響に曝された後に違和感を覚えたら、なるべく静かな場所で耳を休め、必要に応じて耳鼻科で聴力検査を受けてみると安心です。
再発状況を記録する
同じような片耳の聞こえにくさが再発した場合は、その都度日時や状況、伴った症状をメモしておきましょう。「○月×日夜、入浴後に左耳が聞こえにくくなり、10分後に改善。耳鳴り少しあり」「△月◇日朝、起床時に右耳が詰まった感じ。1時間後に治った。前日に徹夜」など、細かく記録しておくと診察時に医師が原因を推測する助けになります。特に再発間隔が狭まっている、症状が徐々に強くなっている場合は要注意です。早めに耳鼻咽喉科を受診し、記録を見せながら相談してください。
以上のセルフチェックと対処法はあくまで応急的なものです。「片耳が突然聞こえなくなる」症状が繰り返したり長引いたりする場合、自己判断に頼りすぎず専門医の診断を仰ぐことが大切です。早めの受診によって原因疾患の早期発見・治療が可能になり、聴力の回復や維持につながります。大事な耳の健康を守るため、違和感を軽視せず適切に対処しましょう。
まとめ
片耳が突然聞こえなくなってもすぐ治る場合、その原因は耳垢や耳管の一時的なトラブル、気圧変化、ストレスや疲労、音響要因など様々です。ほとんどは心配のない現象ですが、中には突発性難聴や中耳炎といった治療介入が必要なケースも隠れています。一度治ったように見えても油断せず、症状の経過や他の症状に注意を払いましょう。必要に応じて医師に相談し、早期に対応することで、将来にわたって健やかな聴力を保つことができます。耳に違和感を覚えたら無理をせず、あなたの大切な「聞こえ」を守る行動をとってください。