後鼻漏(鼻がのどにまわる現象)とは
後鼻漏(こうびろう)とは、通常は鼻から外へ排出されるはずの鼻水が、鼻の奥(鼻咽腔)から喉の方へ過剰に流れ込んでしまう状態を指します。
健康な人でも鼻では一日におよそ0.5〜2リットルは自然に喉へ流れて無意識に飲み込んでいます。そのため、少量の鼻水が喉に回ること自体は生理的な現象です。
しかしながら、副鼻腔炎(蓄膿症)やアレルギー性鼻炎などにより鼻水の量が増えたり粘り気が増すと、喉に落ちる鼻水が過剰となり不快な症状を引き起こします。医学的には、このように病的に鼻水が喉へ落ちていく状態を後鼻漏と呼びます。
なお、耳鼻咽喉科の外来を受診する患者さんのうち後鼻漏の症状を訴える方は約15%程度とされていますが、実際に内視鏡などで鼻汁が喉に流れ込む様子が確認できるケースは約10%程度とされています。
残りの約5%は「何かが喉に垂れている感じ」だけがある状態で、実際には鼻水は流れていない「後鼻漏感」と呼ばれる症状です。
このように、喉の違和感が必ずしも鼻水の過剰分泌によるものとは限らないため、専門医の診察による正確な診断が重要です。
後鼻漏感(こうびろうかん)とは?
後鼻漏感とは、鼻水(粘液)が鼻の奥から喉に垂れているように感じる症状のことです。実際に鼻水が喉へ流れ込む後鼻漏(こうびろう)とは異なり、後鼻漏感は「垂れている感じ」がするだけで、必ずしも大量の鼻水が存在するわけではありません。
後鼻漏では鼻副鼻腔炎(慢性の蓄膿症)やアレルギー性鼻炎などで粘液が喉に落ち、しつこい咳や声がれの原因になります。一方、後鼻漏感は喉の違和感として現れ、鼻水の量が多くない場合でも喉に何か張り付いたように感じてしまいます。
これは医学的には「咽喉頭異常感症(いんこうとういじょうかんしょう、ヒステリー球とも)」や、鼻水以外の原因で喉に不快感がある状態を指すことがあります。
発生の仕組みと原因
後鼻漏感が生じる仕組みは様々ですが、喉や鼻の粘膜が敏感になっていることが大きな要因です。
例えば慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎では、鼻の粘膜から粘液が過剰に分泌され、実際に少しずつ喉に垂れることで喉の違和感を誘発します。粘液そのものが喉を刺激するほか、粘液による炎症で喉の神経が敏感になり、「何かが垂れている」感覚につながると考えられます。また、咽喉頭逆流症(いんこうとうぎゃくりゅうしょう)と呼ばれる胃酸の逆流も重要な原因です。胃酸や消化酵素が喉まで上がってくると喉の粘膜を刺激し、痰(たん)や異物がこびりついているような不快感をもたらします。
実際、喉の違和感(ヒステリー球)を訴える患者さんの約3分の2に胃酸逆流の所見がみられたとの報告もあります。そのほか、慢性の咽頭炎・扁桃炎、喉の乾燥、ストレスや緊張など心理的要因も喉の異常感を強めることが知られています。特にストレスがあると無意識に喉に力が入り、違和感を感じやすくなると言われます。
後鼻漏の症状
後鼻漏によって現れる症状には、以下のようなものがあります。
喉の違和感・粘つき感
鼻水が喉に落ちてくると、喉の奥に常に何か張り付いているような違和感を覚えます。症状が進むと、口の中がネバネバして唾液が増える感じがすることもあります。
咳や痰が出る
夜間に仰向けで寝ている間に鼻水が喉に溜まり、朝起きたときに痰(たん)混じりの咳がよく出るようになります。後鼻漏は慢性的な刺激となるため、日中も頻繁に喉がイガイガして咳払いをしたり、痰が絡んだりします。
喉の痛みや声のかすれ
粘度が高くなった鼻水が喉の奥に張り付くと、鼻や喉の粘膜に炎症を起こし咽頭痛の原因となります。また、激しい咳を繰り返すことで声帯が荒れ、声がかすれることもあります。さらに慢性的に炎症が続くと、頭重感や頭痛に悩まされる場合もあります。
口臭が発生する
鼻と喉、口腔は全て繋がっています。後鼻漏で常に鼻の奥に鼻汁が溜まっていると、鼻や口から嫌な臭いが漂うことがあります。自分では気づきにくいため、家族に指摘されて初めて気づくケースもあります。
食欲不振・睡眠障害など生活への支障
後鼻漏が重症になると、常に鼻水を飲み込まなければならない不快感から食欲が低下したり、夜間に鼻水が喉へ流れることで熟睡できない不眠の原因にもなります。不快な症状が長引くと、咳や痰・喉の痛み・口臭などが気になって人と会うのが憂鬱になる、集中力が落ちて仕事や勉強に支障が出る、といった生活の質の低下にも繋がりかねません。
こうした症状は非常に不快ですが、命に関わるものではありません。ただし後鼻漏は、慢性的な咳や喉の不調の原因として最も頻繁に見られるものの一つです。
実際、ある医学レビューによれば、喘息や胃食道逆流症と並んで後鼻漏(上気道咳嗽症候群)が慢性咳嗽の原因の約90%を占めると報告されています。長引く咳や痰でお困りの場合、その背後に後鼻漏が潜んでいる可能性は高いと言えるでしょう。
後鼻漏の原因
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原因疾患の割合(実地臨床の調査より)
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割合
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慢性副鼻腔炎
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45%
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アレルギー性鼻炎
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23%
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急性鼻炎(かぜ症候群など)
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22%
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血管運動性鼻炎
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7%
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慢性副鼻腔炎(蓄膿症):副鼻腔に膿が溜まる慢性副鼻腔炎では、粘り気の強い膿性の鼻水が常に鼻の奥から喉へ滴り落ちます。狭義の「後鼻漏」は本来、副鼻腔炎に伴って生じる粘調な鼻汁のことを指しており、後鼻漏の原因で最も代表的なのは副鼻腔炎だとされています。黄色〜緑色のネバネバした鼻水が喉に回る場合は副鼻腔炎が疑われます。
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アレルギー性鼻炎(花粉症など):スギ花粉症などのアレルギー性鼻炎でも、鼻水の分泌過多や粘性の亢進によって鼻水が後方へ流れ込みやすくなります。本来アレルギー性鼻炎の鼻水はさらさらしていますが、アレルギー反応が強いと鼻粘膜(下鼻甲介)が腫れて前方への通り道が塞がり、行き場を失った鼻水が喉の方へ流れて後鼻漏を引き起こしますk。近年ではアレルギー性鼻炎に伴う後鼻漏の頻度が増えているとの報告もあります。
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風邪などの感染症・非アレルギー性鼻炎:感冒(普通の風邪)やインフルエンザなどウイルス性の鼻炎でも、鼻水が喉に回り後鼻漏症状を生じることがあります。一般的には風邪が治れば数日〜1週間程度で改善しますが、副鼻腔炎を併発した場合は症状が長引くことがあります。また、タバコの煙や粉塵などによる非アレルギー性鼻炎(いわゆる血管運動性鼻炎)でも鼻粘膜が刺激され、慢性的な後鼻漏の原因となることがあります。
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その他の要因:上記以外にも、胃食道逆流症(GERD)による胃酸の逆流が喉を刺激し、咳や喉の異物感など後鼻漏に似た症状を引き起こすことがあります。実際には鼻水が関与しない場合でも、喉の粘膜が慢性的に過敏になることで本人は後鼻漏を自覚するケースもあります。また、小児では鼻腔内の異物(例:玩具の部品)が慢性的な鼻水・後鼻漏の原因となることがあります。妊娠中や一部の薬剤(経口避妊薬、降圧薬など)も鼻粘膜をむくみやすくし、鼻水の排出を悪くして後鼻漏を招くことがあります。
上記アンケート調査には出てきませんが、個人的には『上咽頭炎』が重要と考えています。後鼻漏が生じる機序としては、慢性炎症により鼻・副鼻腔の粘膜からの分泌が亢進し粘稠な鼻汁が増えること、炎症で線毛運動が低下し鼻汁の排出が滞ること、さらには上咽頭の知覚過敏により少量の分泌物でも過剰に違和感を覚えることなどが挙げられます。上咽頭が慢性的に腫れていると、鼻水が上咽頭の表面にこびりつき、喉の不快感が持続したり、鼻水が塊状に乾いて喉に張り付いて痛みを感じることがあります。口から黄色い痂塊を吐き出すこともあります。これが上咽頭炎による後鼻漏の典型的な症状です。慢性上咽頭炎では、このように鼻汁が前方へは出ずに喉へ落ちていく後鼻漏タイプの症状がよくみられます。
鼻汁の「量」と「性状」の変化
後鼻漏が発生するメカニズムは、主に「鼻汁の産生量の増加」と「鼻汁の運搬・排除機能の低下」に集約されます。
1. 鼻汁量の増加
鼻・副鼻腔粘膜の分泌細胞(杯細胞や腺細胞)の機能亢進により、粘液や組織液などが過剰に産生されます。
2. 鼻汁の粘稠度(粘り気)の増加
慢性副鼻腔炎の鼻汁は、正常鼻汁に比べ粘性率や弾性率がはるかに高く、ドロドロとして切れが悪い状態になります。この粘性の高さが、後鼻漏の一因となります。
3. 粘液線毛輸送機能の低下
鼻・副鼻腔で産生された鼻汁は、線毛の動きによって後鼻孔へと運ばれ排除されますが、炎症や加齢、あるいは過去の手術・処置によってこの機能が低下すると、鼻汁が停滞し、後鼻漏を増強させます。
加齢に伴う後鼻漏と後鼻漏感
特に中高年や高齢者(50~60歳以上)では、難治性の後鼻漏が多く認められます。
加齢により鼻粘膜が萎縮すると、鼻腔の加温・加湿機能が不良になり、上咽頭粘膜の乾燥感や不快感が強調されます。
また、粘液線毛輸送能も低下し、乾燥した粘液や痂皮(かさぶた)が上咽頭に付着することで、「後鼻漏感」が生じやすくなると考えられています。
後鼻漏の治療
後鼻漏の治療は、その原因となっている基礎疾患に応じて行われます。一概に「これをすれば後鼻漏が治る」という特効的な方法はなく、風邪の場合とアレルギー性鼻炎の場合では対処法も異なります。
薬物療法による治療
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アレルギー性鼻炎の治療:アレルギーが原因の場合、まずは原因アレルゲン(花粉、ダニなど)を可能な範囲で避けることが重要です。
薬物療法では、ステロイドの点鼻薬や抗ヒスタミン薬(飲み薬)が症状緩和に使われます。抗ヒスタミン薬には眠気の出にくい新世代(第二世代)と、昔からある眠気の出やすい第一世代があります。実は、後鼻漏による咳など上気道咳嗽症候群の治療には第一世代抗ヒスタミン薬+経口鼻閉解除薬(※市販の総合感冒薬によく含まれる抗ヒスタミン+鎮咳去痰薬の組み合わせに近い)が効果的とする報告もあります。第一世代抗ヒスタミン薬(例:マレイン酸クロルフェニラミンなど)は鼻水を減らす抗コリン作用や中枢抑制作用が強く、咳中枢を沈静化するため新しい非鎮静性抗ヒスタミン薬より咳の改善に有効と指摘されています。ただし眠気など副作用もあるため、日中に使用する場合は注意が必要です。 -
副鼻腔炎の治療:副鼻腔炎による後鼻漏では、副鼻腔炎の治療が行われます。マクロライド系抗生物質や鼻洗浄とステロイド点鼻が治療の基本となります。特に慢性副鼻腔炎(CRS)の場合、少なくとも8~12週間程度のステロイド点鼻薬の継続使用が推奨されており、炎症を抑えることで鼻汁の産生を減らし後鼻漏を改善します。
症状が重い場合は経口ステロイドの短期投与が行われることもあります。また、副鼻腔炎では去痰薬(カルボシステイン等の粘液調整薬)を使用して粘液の粘稠度を下げ、排出を促すこともあります。慢性副鼻腔炎に伴う後鼻漏は薬物治療だけでは完全に治らないことも多く、その場合は外科的治療(手術)も検討されます(詳細は後述)。 -
胃酸逆流(LPR)の治療:喉への胃酸逆流が後鼻漏様症状の一因となっている場合、食事・生活習慣の改善に加えて胃酸分泌を抑える薬が使われます。具体的にはプロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2ブロッカーといった胃酸を抑える内服薬です。これらを1~2ヶ月程度試みて症状の改善を見る「治療的診断」が行われることがあります。しかし、胃酸逆流の自覚症状(胸やけ等)がない場合にPPIを漫然と使うことは推奨されません。近年のガイドラインでは、典型的症状のない慢性咳患者に対する経験的PPI治療は有効率が低く(改善率は約28%に留まるとの報告)、不必要な長期投与による副作用リスクもあるため慎重に検討すべきとされています。したがって、喉の違和感や掻痒感が強い場合にはPPIを試す価値はありますが、効果が無ければ中止し、他の原因を精査することが重要です。
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その他の薬物療法:後鼻漏に伴う喉の不快感や咳に対して、一時的に鎮咳薬や喉の消炎薬(トローチ、含嗽薬など)が処方されることがあります。ただし慢性的な咳に市販の鎮咳薬(デキストロメトルファンなど)は効果が乏しいことが知られており、原因療法(鼻炎・副鼻腔炎の治療)が基本です。また、喉の粘膜保護のため漢方薬(麦門冬湯など)が処方される場合もありますが、これらの効果には個人差があります。
鼻洗浄(鼻うがい)によるケア
鼻洗浄(鼻うがい)は、生理食塩水や食塩水で鼻腔内を洗い流すセルフケア・治療法です。専用の器具を用いて片方の鼻孔から食塩水を注ぎ入れ、もう一方の鼻孔または口から排出します。これにより鼻腔内の粘液やアレルギー物質、病原体を機械的に除去し、粘膜を清潔に保つ効果があります。鼻洗浄は安全で手軽な方法であり、多くの慢性副鼻腔炎や慢性鼻炎の患者さんが取り入れています。医学的エビデンスも蓄積されており、慢性副鼻腔炎の症状緩和に有効であることがコクランレビューなどで示されています。
鼻洗浄は後鼻漏そのものを「治す」ものではありませんが、鼻汁を物理的に除去し粘膜の線毛運動を改善することで、後鼻漏の原因となる炎症の軽減に役立ちます。特に慢性副鼻腔炎では、ステロイド点鼻薬と組み合わせることで相乗効果が得られます。またアレルギー性鼻炎でも、花粉飛散期に帰宅後すぐ鼻うがいをして鼻腔からアレルゲンを洗い流すことで症状緩和が期待できます。
セルフケアと生活上の工夫
後鼻漏の症状緩和には、日常生活でできるセルフケアも大切です。根本治療ではありませんが、以下のような工夫で喉の不快感を和らげたり、治療効果を高める補助となります。
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十分な水分補給:粘液をサラサラに保つため、普段から意識して水分を摂りましょう。喉が渇くと粘液が粘稠になり症状が悪化します。特に暖房や冷房で空気が乾燥する季節は、こまめな水分補給が有効です。コーヒーや緑茶など利尿作用のある飲料やアルコールは粘膜を乾燥させる恐れがあるため控えめにし、カフェインや利尿作用のある飲み物を減らすことも有用です。
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加湿と喉のケア:室内の湿度を適度(50~60%程度)に保つことで、鼻や喉の粘膜の乾燥を防げます。就寝時に加湿器を使ったり、濡れタオルを室内に干すなどしてみましょう。喉の違和感が強い時は、生理食塩水でのうがいや市販の喉スプレーで粘膜を潤すのも一時的な緩和に役立ちます。
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鼻洗浄(鼻うがい)の習慣:先述の鼻洗浄は医療的な治療手段であると同時にセルフケアでもあります。家庭でも生理食塩水や専用洗浄液を用いて定期的に鼻うがいを行うと、鼻腔内がすっきりし後鼻漏症状の緩和につながります。特に就寝前に行うと、夜間の喉への垂れ込みを減らせる場合があります。
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環境・アレルゲン対策:アレルギー性鼻炎がある方は、できる限りアレルゲンとの接触を避ける工夫が症状予防に直結します。例えば花粉症であれば花粉シーズンに外出を控えたりマスク・メガネを着用する、室内では空気清浄機を使う、帰宅後すぐに洗顔・洗髪・鼻うがいをして花粉を落とす、といった対策が有効です。ダニやホコリが原因の場合は、寝具を防ダニカバーに変える、掃除や換気を徹底する、ペットを飼っている場合はこまめに掃除機をかける等を心がけましょう。
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生活習慣の改善(特にLPR対策):喉への胃酸逆流が疑われる場合、生活習慣の見直しが重要です。具体的には、就寝前2~3時間は飲食しない(胃内容物が逆流しにくくする)、就寝時に枕やベッドを工夫して上半身をやや起こした姿勢で寝る、肥満傾向のある方は適正体重への減量、そして脂肪分や刺激物の多い食事を控えることです。アルコールやカフェイン、チョコレート、辛いものなどは下部食道括約筋を緩めて逆流を起こしやすくするため控えめにします。喫煙も逆流を悪化させ喉粘膜の防御機能を損なうため、機会に禁煙を検討してください。



